2020年秋,南九州阿蘇&鹿児島巡検      2020年9月20日(9/24追記)

FaceBookに上げた巡検記をここに載せます.一部写真の追加や記事の修正を行っています.

先 週10日から今日まで,九州巡検に行ってました.前半は阿蘇,後半は桜島,開聞岳を廻りました.いつもの巡検メンバーの退職地学教員B氏,附属高地学の助 手のMさん,地学部OBでやっと北大卒業の目処がついたS君.それに私が大阪から九州入りしました.さらに今年,鹿児島大に入ったI君(私が昨年SSHの 研究を担当)が現地で待ってくれていました.
お 客の減ったLCCとGotoキャンペーンのおかげもあって,とても安く行けました.阿蘇はもう6,7回は出かけているのですが,その大半は研究の手伝い だったので,今回はじっくり,阿蘇火砕流の露頭を観ることや,アカホヤなど顕著な火山灰を観ることが中心となりました.アカホヤはAhとも略され,九州の 南海上鬼界カルデラの7300年前の噴火とされています.附属高OBの巽好幸さんが今さかんに調査されている場所です.この火山灰は阿蘇の外輪山にきれい に見えます.黒ボクという火山特有の黒い風化土層の中にオレンジ色の際立った層で誰でもすぐにわかります.また阿蘇の火砕流は大きく4回の時期に分けら れ,古い方から阿蘇I,II,III,IVと呼ばれています.ここでは簡単に1,2,3,4と呼んでおきます.4が最大で約9万年前に,九州全域のほか, 山口県まで海を渡って達している,世界でも屈指の現存する大火砕流の痕跡です.この噴火の結果,現在の阿蘇のカルデラが形成されたと言われています.もし これが今起こると九州に住む1千万人が,2時間で全滅するというものです.この2つが今回の阿蘇巡検のメインとなりました.
それでは気象台の天気予報が良い方に外れて,天気に恵まれることになった巡検前半の阿蘇編をどうぞ.(I君は巡検後半桜島編から登場します)
なお阿蘇4については以下のサイトに図があります.
 https://gbank.gsj.jp/volcano/Act_Vol/aso/text/exp04-1.html

さらに詳しい地質図の詳細は別ページにまとめました.
http://seagull.stars.ne.jp/2020_Kyusyu/geo_reminder.html

なお,今回の阿蘇巡検に際し,阿蘇火山博物館館長の池辺伸一郎先生からは,巡検資料をいただいたほか,巡検に参考になるご教示をいただき,また博物館見学当日も大変お世話になりました.本稿にも目を通していただいて,気づいた点をご指摘いただきました.感謝申し上げます.
なお,阿蘇火山博物館のHPは下記です.
http://www.asomuse.jp/

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北海道でもお馴染みのピーチで関空から出かけました.往復12000円代の安い航空券です.
途中,宮崎上空にさしかかるときに河川の河口がみえました.台風の豪雨のあとなのか,海に濁りが入っています.
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阿蘇のホテルで驚いたのは,GoToキャンペーンの他に地元阿蘇市独自 の商品券がもらえたこと.2泊したので各自2000円分もらえました.これで昼食代とか博物館の入場料とかに使えました.ラッキー.でもこの費用も当然ど こかの予算のはずで,MMTなどという,打出の小槌(経済学の永久機関)みたいな理論を信じない私は,どこかでそのつけが回るのではと心配なのですが
さて阿蘇1日めは朝からの雨予想が,少し雲が切れたので中岳に上ることにしました.この写真は左に見える建物が翌日に訪れる阿蘇火山博物館,前の草原が草千里,左奥に雲に隠れているのが中岳中央火口です.
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9月1日から規制が解けて,中岳火口の駐車場まで車で上がれるようになっています.駐車ももちろん無料です.車は飛行機が着いた10日から14日まで空港そばのレンタカー屋で借りたVOXY(8人乗り)ですが,35000円とこれまた格安でした.
ここは来るたびに,何かガジェットが増えています.火口付近に建つ円形の建物は噴火の際の避難シェルターとして昔建てられたもの.
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1990年代の中頃は知り合いのT先生の研究の手伝いで,また2000年代の初めころには,地学部の合宿で訪れて以来となりました.その頃にあった湯溜まり(火口の底にたまったお湯)は現在は姿を消しているとか.警備の人に聞きました.
Mさんが写真を撮ってくれました.この日の水蒸気の高さがわかります.この日は活動は穏やかな日だったようです.
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かなり古くなって危ないシェルターも.この天井部も大きな噴石だとひとたまりもなさそう.
2016年10月の噴火で落ちた,巨大な噴石.これはでかい!
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新設された円いシェルターの中には一応ヘルメットも置いてありました. 1990年代のなかごろに,その当時の職場の同僚のT先生たちの研究の お手伝いで,よくここに来ました.その頃.確か圧力計を屋根に取り付けていたのが,この建物だったと思うのですが,すでに建物が朽ちていました.そのそば にプロトン磁力計のセンサ(左中央)が木の三脚に取り付けられて今も観測を行っているようです.その頃の様子が下記にあります.http://seagull.stars.ne.jp/Field_Trip_Japan/Aso_mid90s/kazan.html
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比較的最近のものと思われる噴石が挟まれた,スコリヤ層や火山灰層.噴石の上位のスコリア層は昭和7〜8年のもの.その下の白い火山灰層は年代未詳だと阿蘇火山博物館の池辺館長からご指摘いただきました.
こちらの火口の遊歩道は閉鎖されていた.
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さて雨の予想が外れて,次第に天気が回復.有名な外輪山の展望台大観峰に到着.カルデラの広さが実感できます.
ここに来た目的は実はこちらの方.外輪山の表土のすぐ下にある,アカホヤ火山灰層(7300年前の鬼界カルデラの噴火によるもの)です.車から見事なオレンジ色のラインが見えたので,車を停めて観察です.
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これも間違いなく,アカホヤ.こんな風に外輪山の車道から,ところどころにオレンジ色の層が見れるのは,とてもわかりやすい. こちらは別の場所.同じくアカホヤ火山灰がきれいに見えています.この火山灰については
http://www2.kobe-c.ed.jp/shizen/strata/oska_org/04018.html がわかりやすい.また附属高のOBで現在神戸大学教授の巽好幸さんはこのアカホヤの起原である鬼界カルデラの研究を最近行っておられます.
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2018_02_09_01.html
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さきほどの場所から裏に回った場所. これはまた別の場所で,なぜかアカホヤらしい層は表層直下ではなく,下の草の少し上にあるのですが,その理由がよくわからない.違う層なのか(この可能性が高いと思っているのですが)あるいは,この場所は中岳からの火山灰がアカホヤの上に分厚く積っているのか.
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てこの日の午後は一路車を東に飛ばして,豊後大野市にある有名な滝を訪ねます.「東洋のナイアガラ」と呼ばれる「原尻の滝」です.阿蘇4と呼ばれる火砕流の分厚い層を寝食して滝ができている場所です.一応「豊後大野ジオパーク」のメインの場所のようです. 滝の前に恐ろしく長く怖い吊橋がありました.
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さてこの滝が重要なのは,この滝は分厚い阿蘇4火砕流という地層ででき ているからです.阿蘇山は歴史的に4回の巨大火砕流を噴出しているのですが,4回めのこれが一番大きくパワフルで,その火砕流の痕跡は九州全域はおろか, 海を渡って山口県にまで達していることがわかっています.前出の巽さんは,この噴火が今の日本に生じれば,日本は瞬時に滅ぶと言われています.ここではそ の火砕流本体の主流を占める見事な黒いガラスのレンズが入った「溶結凝灰岩」が見られます.

滝の上から下流を望む.ここではポットホールが連続した興味深い地形を作っている.よく見ると溶結凝灰岩独特の黒いガラスのレンズのような構造が入っているのがわかります.

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火砕流として噴出した火山灰や軽石などが,自身の持つ熱で堆積時に再度一部が溶けて,このような溶結ガラスのレンズを作るとされています.レンズが堆積面に平行に伸ばされた立体的な構造がよくわかる部分.
滝の遊歩道の敷石もよく見るとこの溶結凝灰岩でした.
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さて滝の上流の河原で少し,サンプルを拾いました.
次に阿蘇の方に少し戻って,竹田市の竹田高校の奥の川ぞいに,天然記念 物に指定された火砕流露頭があります.火山学会の巡検案内によると,この露頭は阿蘇3,つまり3番めの火砕流でてきているとか.ただし案内に描かれた図で は阿蘇3と阿蘇4はかなり複雑な分布の仕方をしています.
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さきほどの露頭の続きが左側の道路のトンネルに現れています.このトンネルは阿蘇3の火砕流の,一番底から中央部の溶結部までの断面を観ることができます.(これ阿蘇3なのか4なのか迷ったのですが,地質図Naviによるとこのトンネルは阿蘇3で塗られていました)
火砕流の最初の頃の堆積物はごらんのような軽石を含む地層で溶結構造は 見えません.巡検案内の記載と見比べているところ.火砕流噴火のステージはまず,プリニー式の降下火山灰,軽石の噴火で始まり,徐々に溶結凝灰岩のステー ジに移行すると火山学の教科書にあるのですが,それがそっくりこの露頭で確認できます!

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B氏の膝のあたりに,火砕流部分の一番底を形成する火山灰+軽石があ り,そこから何層かの火山灰+軽石(写真の2〜3mくらいの高さには黄色を帯びたゴツゴツした軽石礫)をはさみ,やがて上(トンネル天井部)にいくと,溶 結部,つまり熱で溶けてガラスのレンズとなった部分を含む層に変わっていきます.一つの厚い火砕流本体の断面が見事に見れる場所です.
トンネルの上面には黒いガラスのレンズが点在するのがわかります.右と左で同じ火山灰や軽石の層(左右にはほぼ水平,奥に向かってやや傾斜)が立体的につながっているのがわかりやすい.
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同じく道沿いのこれも見事な溶結構造.しかしこの地域のやや複雑な分布のために,これが阿蘇3なのか4なのかはよくわかりませんでした.(9/24追記.地質図Naviによるとこの道沿いはAso4の分布域のようです)
さきほどの場所から100mほど上流に行った河原でサンプルを採集.
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各種溶結凝灰岩のほかに火山岩や石灰岩までありました.
阿蘇の宿泊は,内牧温泉の中にあるホテル.朝食は和定食でした.7000円近い宿泊費は,GOTOのおかげで4500円弱(税込み)と格安.おまけに冒頭の写真で紹介した1日1000円の地元商品券付きです.私は思わずご飯をお代わりしました.


さて,巡検2日めは雨の週末となりましたが,天候は予想に反して良い方に外れ,次第に天候が回復していきました.朝まず阿蘇火山博物館を訪ね,そのあと被 災した建物や断層痕跡が保存されている東海大学キャンパス見学を最後に,阿蘇巡検を終了.次の予定の鹿児島に高速で向いました.ここでは阿蘇編に限ってご 紹介します.鹿児島編は続編をどうぞ.

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阿蘇巡検2日め.1990年代に前の職場の同僚のT先生たちと阿蘇に通ったころ,お世話になった阿蘇火山博物館の池辺館長を訪ねました.当時お会いしてからもう23年が経過するのですが,いつまでもお若い!この機会を設けていただいたことに感謝申し上げます. 記念にツーショットを撮ってもらいました.あと巡検場所の情報提供に対 してのお礼がわりに持参した,自作の3D震源地図(2016年熊本地震の前後の震源分布,左の机上の巻いたもの,青いのが3Dメガネ)を手渡したとこ ろ,興味を持っていただいて,研修に使う他に,博物館の展示物として展示してもらうことになりました!
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以前からある,阿蘇噴火のジオラマ.館内を案内していただいた豊村学芸員によると,ゴジラを作った東宝の特撮スタッフの手によるものとか.これは知らなかった.古い展示があるうちに見ておいた方がよいかも. 熊本地震の特設コーナーもできていました.
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阿蘇の各種岩石,火砕流に埋もれた木など. 若い豊村学芸員がつきっきりで展示品を説明していただきました.これは2016年10月の噴火で壊れた火口カメラ本体だそうです.代替品を買うのに,とてつもない予算がかかったとか.
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新装なった火口カメラの新しい3D投影装置ができていました.立体的に火口内部の様子がわかりやすい装置です.
あと拙作の地震計に似た手作りの地震計の展示もありました.リアルタイムで振動を表示しています.
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これはゆだまりのお湯の成分(pHがマイナスになる!)を分析するため に使った採取瓶.火口の直径より長い紐の中央にくくりつけて,火口の両側からV字型に降ろしてお湯を採取したという,中岳火口では伝統的!な採取法で用い られたもの!90年代にご一緒した京都大のT先生は同様の方法で,お湯の水温を測ろうとして,お湯の酸でワイヤーが溶けて失敗したと語っておられた. あと興味深い展示が続きます.この博物館は現在は財団経営ですが,元々公営ではなく,九州産交グループが経営する民営の博物館だったので す.今ではその1階に環境省のビジターセンターも入居し,ジオパークとも相まって,これから活動の手を広げようとしているそうです.あとでたまたま館にお られた岡田誠治常務理事から,博物館の修繕の費用やこれからの展望など興味深い話を伺いました.理事の話にも熱が入って,お昼を過ぎてしまったので,次の 予定もあり,博物館を辞しました.
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この日,桜島に移動の前にもう1ヶ所.震災遺構を訪ねました.2016年熊本地震で被災した校舎を保存している東海大学の建物です.この大学の学生さんがアパートの倒壊で3名亡くなっています.
https://www.minamiasokanko.jp/kyoukai/20200801tokai.html
無料での見学が8月から開始されています.地元のボランティアの方の説明を聞きながら廻ります
これは校舎の外に現れた断層の露頭です.右横ずれに伴うエシェロン構造が見えます.
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ちょっと写真ではわかりにくいのですが,右側が手前に動くことで,隙間が「杉」の時の右側(つくり)みたいに開いています.写真でわかるでしょうか?
震災で壊れた校舎.この真ん中の校舎だけが壁面が円いために,耐震工事 が遅れてこの被害になったと聞きました.3つの建物になっていますが,元は一つの建物で,今回被害をそのまま残すために被害の大きかった真ん中部分を補強 するために,わざわざ校舎を3分割したということです.
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断層の延長上のこの建物部分が大きく壊れています.断層延長上のこの建物だけに耐震工事をしていなかったというのは,何と言う偶然なのでしょうか.
建物が壊れたのを保存するために,わざわざ校舎を3分割して,耐震工事の及んでいなかったこの建物を,遺構として保存のためだけに補強工事をしたそうです.近々,外の敷地に震災博物館を建てる予定だそうです.
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建物の正面側がこちら.手前の地面の露出部分も断層の延長と,液状化などのために凸凹しています.学生さんが亡くなったアパートはこの台地ではなく,下の村の方にあったという説明を聞きました.ご冥福をお祈りします.
最後に工事中の立野ダムの工事現場を遠望.このあたりはまだ熊本地震の 跡の崩壊で橋や道が寸断されていて,その復旧工事の最中でもあります.阿蘇4の火砕流のあと形成されたカルデラ湖から,水が熊本側に溢れだした場所だと言 えます.道がまだ各所不通のまて熊本の高速を降りてから内牧温泉にあるホテルに行くには,外輪山のミルクロード(観光用の道路)を通らないと行けなかった のです.


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