おことわり:現在,南アフリカ諸都市の治安は外務省海外安全ホームページにもあるように決してよくありません.下記文章はあくまで個人の狭い体験に基づくものであり,この記述を参考に行動されて何らかの被害に会われても筆者は当然その責任を負えません.旅行は常に「自己責任」ということを肝に命じてください.
7/26(まず関空〜シンガポール)
早朝自宅を出発.関空で鍵数個を購入.
10:00 シンガポール航空のカウンタで発券をしてもらい,バゲッジを預ける(20.6kg).各種電源アダプタや双眼鏡,岩石ハンマー等が入っているので結構重い.
11:35 搭乗開始(SQ985便)
12:05 teke off開始
12:40 tiger beer & peenuts
Osaka-Singapore 3046miles 6:15
右端の翼の上の席.隣はごっつい身体の高校生風.降りる間際に話を聞くとこれから,NZのオークランドへラグビーの強化練習に行くという.さらに10時間というフライトは私と同じ.しかし身体のごつい連中でトイレにいくのに席を開けてもらうのに困った.
16:55 landed
ラテライトの開発地や複雑な島嶼の島々とそれを縁取るラグーン.バリとは少しちがう雰囲気.やや近代的?
空港の中を電気自動車が走っている.空港内の店の数は多く関空の比ではない(このときもうひとつTerminal1というのがあることを知らず).早速市内無料ツアーのカウンタを探す.いろいろ聞いてやっと見つける.ちょっとわかりにくい.申し込もうとするが何か英語が聞き取りにくい.関空のカウンタではお姉さんが解りやすい英語で話してくれますよ.と言っていたのだけれど.,とりあえず申請用紙を書いて渡すが,デイパックの中に酒が入っていないか聞かれる.思わず正直に入ってます.と答えると.チョコ売り場の裏の荷物預け(Buggage
left)に荷物を預けてくださいと言われる(US3$だったか?).酒にはうるさいことが判明(これ結局,自己申告なので特に荷物を検査されるわけではなかった).
18:25 ツアー開始の時間に集まると係員の案内で一応,immigrantを通過.キャンディをもらい,パスポートを預ける.最初日本人はいないと思ってたら,やはり団体で居た.空港の入り口から出て暑い夕方,バスに乗り市内観光開始.
City
Centerビルの1Fの柱が細い.町にゴミが落ちていない.中国と異なり,車が新しくきれい.運河のところで船に乗って見学.夜景がきれい.最大離角をとうに過ぎた金星が西空に高い.揮発性の船の燃料の臭いと無国籍のビル群,それに対照的な屋台が印象的.
ほどなく空港に戻る.再びimmigrationのところでパスポートを返してくれる.Visaカードで家にTel.G氏に頼まれたDVテープ3本入りパック15US$を買う.上の階のカフェでcoffee+クロワッサンで4US$.
シンガポールの夜景やなかなかきれい.人工的な未来都市か.マレー系,インド系,中国系と多彩だが,空港では欧米系が目立つ.カフェでとなりの団体はフランス語で陽気にさわいでいる.シャワーを浴びたいと探したら,階上にトランジットホテルがあり,聞くと4US$でOKとのこと.預けたデイパックをとりにいき,番号札を持って待っているとおばさんが,シャワー室に案内してくれタオルを渡してくれる.荷物は中に持って入れるし,部屋に鍵がかかる.シャワー室はさらにそのなかにガラス張りであり大変きれい.これでさっぱりした.
空港内のBankは3つあたったがSouthAfricaランドのキャッシュは置いていないという.TCだと1US$=8.8Randだとのこと.これ結構割高.ヨハネスバーグ空港で両替をしたくないので困ったが結局両替は中止.ドルキャッシュのみで行くことにする.
7/27(続いてシンガポール〜ヨハネスバーグ)
1:40 再び離陸.今回の座席は後ろの方で,61Aという席で窓際3席が機体が細くなるため2席に変わったところ.左側窓側に荷物を置くスペースがあり,比較的ゆったりして楽.隣はNZから2年ぶりに故郷に帰るという,ダーバンに住む女性でトレーシーさんという.彼女は話し好きで色々と話しかけてくる.乗馬で背骨が短くなり長旅が苦痛だという話や,夫のバッゲジが重量超過で200US$を越える超過料金を取られたという話など.さらに話は南アの話におよび,マンデラのANCはコミュニズムの影響を受けているなど.興味ある話が聞けた.しかし概して黒人社会にはあまりいい印象を持っていないように私には感じられた.
先ほどスマトラ島上空で赤道を通過.一路西に向かう.Tail wind 20〜30km/h
2:00 すぎに遅い夕食が出る.ピザを選ぶ.ちょっと固いが味はまあまあ.Tigerビールで流し込む.睡眠不足からかちょっと頭痛がしていたのが直る.この頃から機体の揺れが大きくなる.赤道を過ぎて低緯度高圧帯に入ると揺れが大きくなるのはハワイ行きと同じ.3時間ほど眠ってトイレに立つ.帰るまで彼女は席を立って待っていてくれた.ちょうど廻ってきた飲み物をとってくれるなど大変親切にしてくれた.その後2時間ほど再び眠る.ゆれが小さくなった頃,モーリシャスの上空,Reuniom島の町の夜景が美しく見えた.Head
windは60km/hを越えた.偏西風がagainstで吹き付けるzoneに入った.機はさらにマダガスカルに向かう.Head
windはすでに70km/hに達した.目の前の液晶画面はGPSを駆使した(と思われる)地図と機体の位置を示すチャンネル22にずっと固定している.今,高度10700m,対地速度863km/h.外気温-43℃と表示.真南にずっと大きな星が見えている(名前がわからない).
8:51(Singapore時間)
2:51(南ア時間)
やっとマダガスカル東岸の浪打際が真下にうっすらと白線で見えた.しかし人工光はまったく見えない.島の直前で機は大きく揺れた.気流が島を越えてくるからか?head
wind 20km/hにおさまる.
3:02 やっと地上に一つだけポツンと灯が1つだけ見えている.ほんのり夜明けの白い月が残っているからか雲が白くよく見える.
オムレツの朝食.あと1h.トレーシーさんがジュースでto your South Africa
stayと乾杯してくれる.マダガスカル上空では渦を巻いたていたと思われる風が,島を出た途端強くなり,現在は90km/hをはるかに越える.
Jo'bergまであと45分(500km東)高度11900m,127km/hの恐ろしく強い偏西風に押し戻されて,対地速度788km/hに低下.
50US$紙幣を折って左足土踏まずに入れる.念には念.あと300kmほど.ようやく街の明かりが次々と見え始める.風は向かい風120km/h
.対地速度は800km/h前後.高度を下げる様子はまだない.搭乗時から中国人が多いのに気づく.前の若い女は背もたれをすぐこちらに倒す.またボタンの押し間違いで度々スチュワーデスを呼んでいる.レゲエ風の髪型の黒人の若者がやや特異.日本人の女性の観光客らしい人も.
5:30 スムースにランディング.Jo'burgの夜景がきれいだった.初めてのアフリカ.Tracyさんが私の手帳に自分の住所や電話番号,さらに妹さんの住むJo'burgの家の電話番号を書いてくれて何かあればここへ電話しなさいと親切に言ってくれる.こちらも名刺を渡す.彼女の夫はPainterだったが仕事をMasonに替えて,世界中にMarbleなどの石材を売って歩いていると言っていた.かならずメールを送るといって別れた.アフリカへの一歩の幸先,Tracyさんに出会えて極めて良好.
7/27(続いてヨハネスバーグ国際空港〜ホテル)
Immigrationの列に1人で並ぶ頃から緊張が高まる.何せ悪名高い空港の外にでる必要がある.並んだ列の1つ前の夫人が日本国と書いたおなじみのパスポートを持っているのに気づく.思わず日本の方ですかと声をかける.ちょっとびっくりされていたが,ご夫婦で来ている様子で空港の中だけでも一緒に行動してくれませんかと頼む.
immigrationは大変簡単に済み,先ほどの夫婦とケージを取ってきて,バゲッジを載せる.彼らはなにやら機内持ち込みで預かられたものがあるらしく航空会社のカウンタで交渉している.ほどなくそれが返却されたらしく,一緒に税関を通過.先客は結構荷物を開けて調べられているが,日本人の我々はパスポートを見て,ちょっとバゲッジの重さを調べただけで,無事通してくれた.ザンビアに持ち込むPCパーツの件で何か聞かれるとどう答えようかと準備していたがあてが外れる.空港内はまだ人が少ない.しかし待ち構えるポーター達とそれに混じる怪しい男たちをかき分け,まず階上のCafeに上がる.確かに空港内の雰囲気には何か緊張感がある.2階のJucy
LucyというCafeでコーヒーとレモンマフィンを注文する.たった1.5US$.安い.まだ客は少ない.テーブルに腰掛け,1階を見下ろす場所に陣取る.夫妻は聞けば大阪市内に住む会計士のS夫妻でこれからクルーガー国立公園に国内線で移動する予定だという.南アは2回目ということで色々有益な助言を受ける.荷物も交代で見張れたので本当に助かった.そのあと8時まで旅の話をして時間をつぶした.じっと見ているとこの空港,確かに雰囲気は異様だが慣れてきてそんなに怖い感じはしない.トイレにも一応行ってみた.しかし外務省の海外安全ページのガイドにかなりきつく書かれているので,空港内で両替はしないことにする.
国内線ターミナルへ向かう彼らと別れ,空港の外に出た途端にもう困ってしまった.彼らに教えられたTaxiの乗り場がわからない.たくさんいると言っていたPoliceもあまり見あたらない.きょろきょろ,右往左往していると早速怪しげな男たちが次々と声を掛けてくる.便利な移動手段と聞いていたMagicBusに乗ろうと探していると声を掛けてきた一人が案内してやるからついて来いという.これは絶対怪しいと思い止めにして,仕方なくTaxiらしい乗り物が停まっているあたりに移動するとまたまた3人程の連中が声を掛けて来る.これはTaxiでメーターが付いているから安心だなどという.確かにメーター付いているし,車体の上に看板のような出っ張りもあるTaxiらしい.邪魔くさくなりこれに乗り込むことにする(本当は客引きのいるTaxiには絶対に乗るな.registeredされたTaxiに乗れと,地質巡検のリーダーからのメールで言われていたのだが,大体どれがregisteredされたTaxiかすらわからない).乗り込むとき最初に声を掛けてきた男が私のバゲッジを後ろのトランクに入れたあと両手を前に出して金をせがむ格好をする.トラブルになるのもいやなので仕方なく1US$を支払う.彼は上機嫌でドアを閉めてくれた.運転手は意外と気のよさそうな初老の男で,サンキューとかしこまっていうと,ちゃんと駐車場を出るときに何かカードを入れているし,まあこれで身ぐるみはがれれば仕方がないと覚悟を決める.車は高速道路をどんどん走っていく.インターチェンジでヨハネスブルグの方ではなくプレトリアの表示の方向に向かうのでこれでいいのかなと考えるがまあ仕方がない.運ちゃんと話をする.今日は土曜日で道が空いているとか,日本人の知り合いがいるとか,サントンのクラウンプラザなら直ぐ側にMacdonaldがあるとか色々教えてくれるので,まあ大丈夫だと胸をなで下ろす.先ほど別れたS夫妻に以前Taxiに乗って空港からホテルまで4000円くらい取られたということを聞いていたので.まあ20US$から30US$の間ならいいだろうと考えて気が楽になった.結構な時間走ってサントンのホテルに到着.料金はメーターで280Randと出ている.US$しか持っていないというと,紙で計算して35US$と言われた.30USドル相当のはずだが仕方がない40US$のキャッシュで払う.何か安心したのと結構会話も楽しめたから,おつり5ドルの中から1US$チップとして渡す.上機嫌でサンキューベリーマッチと言われ名刺まで渡された.後で考えると35US$はかなり高いのだがこの時はまあ安心料と思ってしまった.これ南アでは料金は必ず地元通貨Randで払う方が安い.本当は1US$=R10なのだが,実際には8掛けから9掛けに値切られることが多い.結局空港の両替所で米ドルをRandに替えた方が得なのだが(Rateはホテルよりはるかにいい)−−−上記外務省のページが勧めていない.筆者は大半の必要なRandをほとんどホテルのフロントで米ドルから両替してもらった(レートは低いが安心料と思う.この国では安全は金で買う必要があることを肝に銘ずる).
<クラウンプラザホテル>
朝9:00頃
フロントで予約の確認をするがフロントの彼女はいつ予約したのかなどともたついている.この時とばかり持参した,予約確認メールのプリントアウトを見せる.一発でOK!クレジットカードでの支払いを選び.2夜分の確認をする.ポーターが荷物を部屋に運んでくれて,鍵や部屋の設備の説明をしてくれた.Tipを1US$手渡す.やっとくつろげた.早速シャワーを浴び着替えた.とりあえず地質巡検までの2日分の拠点ができた.街にでようとフロントで両替を済まし,安全度も聞く.昼歩く分にはOKみたい.べつのデスクでホテル周辺の地図をもらい.昼前ホテルの玄関を出た.用心のため時計ははずし,財布もパスポートも部屋の金庫(Security
Box)に入れておいた.数100RANDの現金と靴底に隠した例の50US$だけが持ち物.ShoppingCenter(VillageWalk)は歩いて10分程.しかしこのショッピングセンターの交差点角にも何やら怪しい若者がたむろしてすわっている.用心して近づかないようにする.ShoppingCenterの入り口で子供を連れた若い日本人のお母さんに出くわす.子供に「勝手に入ってはだめ」とかなりきつい調子でしかっている.旅行者ではない.車で買い物に来たどこかの駐在員の奥さんだろうか?日本語を聞いて,ちょっと安心する.結局,テナントの本屋で南アの地図51R,食料品店で夜食用のピザ
7.95R,クロワッサン5.45R2つ,酒屋でビール4缶各4.2Rと9.3R(アルコール度数による違い),コカコーラ4.25R,EVIAN(ミネラルウオーター)12.49R高い!の買い物して帰る.ピザを売っていた売り子は愛敬があってかわいかった.このショッピングセンターも基本的には車で来るところで,私のように歩いて買い物に来るのは近くのホテルの泊まり客くらいなもの.この国で道を長く”歩く”ことは大変勇気のいることであり危険であることを肝に命じる必要がある.後でPretoriaなど他の町にも行ったが,本当に歩いている人が少ない国である.
この後,部屋でビールを飲みピザを食べて睡眠.眠り過ぎて夕方6時前に起きる.しまった.夕食の買い物をしようと思っていたのに寝過ごしてしまった.外はかなり暗くなり始めているので外出は断念.荷物を少し整理したあと,ロビーでエスプレッソを注文して飲む.ロビーの人々をしばし観察する.本当に様々な人種,客層だが意外と黒人が多い.すわった席の前では白人の女1男3の若者のグループがあわただしく動いている.どうやらそのうちの若い女がパスポートか何かを紛失したか盗られたかした様子.色々と携帯電話で掛け合っている様子で最後にとうとうPoliceの服の人が入って来て彼らは一緒に荷物を持って出ていった.
ホテルロビー20:00近く
ロビーでぼーっと見ていると半パンも入ればジーパンも多い.ネクタイを締めているのは少数.
日本人らしい人も何人かは見かける.みんな何となく落ち着かない風で何度かロビーを横切る.外に出ていくのはみんなグループばかり.やはりこの時間1人での外出は無理?ホテル前は広い道路で,ホテルに来る途中の景色はシドニー郊外のものによく似ていた.交差点では新聞売りの売り子が新聞を売りに来る.山もあるがはるかに広い平原が広がる.
外に出たときはずっと緊張しているので,ホテルの部屋が唯一リラックスできる.1人でレストランに入って行く気もしないので,部屋で買ってきたクロワッサンを夕食にしてビールで流し込む.Guinnes(黒ビール)は最悪の味.あと寝酒に日本から持ってきたブランディの水割りを作って飲む.部屋のTVのCNNではウクライナの航空機事故のニュースを繰り返し流している.どこか熱帯の象の密猟の話もあった.セーターを来ているが,ラガーシャツでも快適.自宅に電話しようとするが部屋の電話のボタンが故障しているのかと思うほど固い.しかし何とかつながった.無事ヨハネスまでこれたことを報告.娘が強盗にあってないかと笑って聞いてくる.
ビデオの電池がなくなっていることに気づく.知らない間にSWが入っていたらしい.あわてて充電.2ピンのアダプタがついているソケットがあって助かる.
昼間シャワーを浴びたときに軽く洗濯したTシャツや靴下のもう乾いている.湿度が低いことがわかる.このあと夜23時前に一旦眠るが何と2時半頃目が醒めたあともう眠れない.早速JetRagの洗礼.昼間5時間も眠ったので仕方ないか.今日のTripのおさらいを始める.