Zambia日記(メモ帳より)Part2 22.Sep,07.Oct. 2002収録
ここではちょっと裏話などを中心に紹介します(下記のサイトも参考にごらんください)
10-14.Aug  Victria Falls,South Luanga National Park

8/10(土)1日ツアーのドタキャンで市内をうろうろ
 7h30m起床
 朝方から眼が醒めて仲々寝付けず,昨日の飛行機故障がどこか不安の種になっている.日差しが朝だというのに強烈である.朝食を食べてゆっくりする. ちょっと鼻水が出て風邪気味.ガラスが1枚なくカーテン越しにベッドの上にすきま風が入る.
 9h過ぎとりあえず,タウンに出発.G氏の奥さんが記憶をたどりインド人の店を見つけるため市場の近くで降りて探すあいだ,ツーリストに戻って情報を聞 き直し,再度市場前に戻る.Freedom通りのインド人の店を探しに1人で行った奥さんがなかなか戻ってこない.その間交差点にしばらく1人でたたず む.black peopleばかりに囲まれ緊張を強いられる.ほどなく奥さんを発見.さらに裏の通りだとわかり車で近くまで移動.インド人のお店で主人に取説の英語訳を 渡し,少し説明して店を辞す.昔は流行っていた食料品店なのに寂れてしまったと奥さん.その後車に乗ってrun aboutを周りCOMESA(USAの支援団体)の前を抜け,イタリアの援助でできたピサの斜塔ばりの傾きつつあるビルの前を通り,ルサカ市内にある唯 一の木彫の村を目指す.途中イスラム寺院の側などを通りほどなく,木彫の村に到着.観光客は少ないが木彫や太鼓など楽器がならぶ.ここで値切って太鼓 K20000とブリキの人形K5000を買う.その後イタリア料理店でワインとピザの昼食を取る.なかなか美味.世話になったので我々のおごりとする.
 ザンビアは一時ドルとKwの二重価格になりかけたのをドル表示を禁止してK決済としてKを助けたという.またタンス預金を吐き出させるため(インド人が よくやっていたという)200万K以下の現金しか新しい紙幣に交換しないというお触れを出したことがあるという.3日から1週間の期限付きでザンビアの銀 行への預金のみ例外として銀行に現金を集める方策を取ったという.政府はこれに味をしめて何度か繰り返したという.おかげで日本人社会では次に,いつこの 政策を打つかの情報収集が話題となり,ついには外国人などからもあてにされるようになったという.

8/11(日)ビクトリア滝,そしてサウスルアンガ国立公園へ
 5h20m起床
 Iさん(小学校の体育の先生でSVできている)のタウンエースで空港まで送ってもらう.空港端のチャーター機用の入り口から入る.Hangarが幾つも 並ぶ.最初どれかわからずうろうろして,とりあえず飛行機の写真を撮っておく.程なくザンビア人のやや年を取ったパイロットと整備士が車で現れた.結局5 人しか乗れず,G氏の奥さんは取り合えず家に帰ることに.ビーチクラフト機(あとで調べるとたぶんBeechcraft BE55 Baron)で中は裂け目からスポンジの浮いたちょっとくたびれたシートや窓枠が一部取れたりしているが,パイロットの腕は確かのよう.初めてのチャーター機でしかも6人乗りという小型 機の離陸にちょっと緊張.エンジンがふかされて無事離陸.あっと言う間に機上の人となった.行きは本当にstable.途中,カフェリバー を渡り,緑の円のプランテーションが垣間見える他は単調な平地が続く.小さな街が2つほど.ほとんど山がない.蛇行河川が1つ見えた.8〜9000フィー トを飛んでいるがほとんど揺れない.そのうちやっとパイロットがA氏に滝が遠くに見えるとアドバイス.さらに滝の上空を飛んでくれる.必死で写真とビデオ を撮る我々.水煙が遠くから上がって見えたが真上で見るとやはり大きい.流れに直角に滝があるのがわかる.そしてまもなく空港へのアプローチに入り,見事 なランディング.思わずnice landing!と声が出る.パイロットと機体の記念写真をとって,空港へ.早速迎えの白人がG氏partyという紙を掲げて待っている.サファリタイプ の車に乗り込みまず滝へ.リビングストンはえっ,これが古い首都?という程あっけない市街.西部劇に出てくる街のよう.道は鉄道の線路と平行に走る.イン ターコンチホテルのレストランで弁当を予約.ホテルの屋根にたくさんの猿がいる.そして滝に向かう.駐車場に車を止めて,ほんの少し歩くだけ.滝はやはり 見事.幅が凄い.高さは72mだとガイドがいう.向こうに見えるのはジンバブエ側の人々やバンジー橋.ザンビア側はあっという間に行き止まり.途中何カ所 か滝見のポイントがあり,シャワーがかかる場所も.しかし乾期なので水量は少なくそんなにひどく濡れない.ただ細かい水滴が舞い上がるので,病原菌がいな いかちょっと心配.
 ジンバブエ側の廊下は水煙で煙ってよく見えない.あとで博物館の模型を見ると我々が見たのは1/3程度.
 このあと,Game Drive.ザンビア川岸のある場所を囲って餌付けをしているようだ.Rhinoを最初にインパラ,バブーンなど色々でてくる.途中川岸でBeerとパン を食べる.小休止.しかしここは区域を区切って餌付けしているようで少し興ざめ.
 リビングストンの街にもどる途中.線路の向こうにまっすぐで高いちょっとおかしいヤシの木を遠くに発見.ガイドに聞くと携帯電話用のアンテナだという. なるほどここでも携帯が幅を効かせてきている.聞けば有線で電話線を引くよりはるかにコストが安いとか.そういえばルサカ市内でもノキアのずんぐりした端 末を持ったビジネスマンによく出くわした.アフリカも携帯の時代となっている.街に戻り博物館を見学.ルサカ市内の博物館よりはるかに充実している.係り の女性職員がついて英語で案内してくれる.時間があればもっとゆっくり見たかったがガイド氏がせかす.弁当は受け取るだけで空港に到着.ここで空港税一人 5US$取られる.再びパイロットと再会.飛行機へ.まもなく出発.今度は操縦席の隣にすわる.目の前で操縦ハンドルが揺れてちょっと窮屈.GarminのGPSパネルがある.刻々とセットした距離が減っ ていく.Beech Craftは機体が重心を中心に水平に回転するように揺れる.行きよりwarm cellが発達していてよく揺れる.その揺れのなかで弁当(サンドイッチ)をほうばる.その後パイロットは高度を1万6000フィートにとって揺れがおさ まった(雲の上).あとのみんなは寝てしまったが,私はパイロットが居眠りしないか心配でずっと起きていた.彼は空港とときどき無線で連絡を取っている. ほどなくルサカの街が見えてきて高度が下がり,再び揺れが激しくなる.しかし着陸アプローチでは機体は安定し再び見事なlanding.ザンビア人老パイ ロットに感謝!
 Hangarの待合室に入ると白人のfamily?お母さんは何か疲れきった様子多分ここにくるフライトが揺れたのかと想像.このあと30分ほどで次の flight.次の機体はパイロットを入れて10人乗り.双発.(これもあとで調べるとCessna 402Cらしい)で制服を着たパイロットはベッカム似の若い白人.金色のあごひげを少し伸ばしている.G氏の奥さんも駆けつけ,G氏の家族とA 氏,筆者の6人が乗り込む.他の乗客はなく結局借り切り.こちらも見事なTakeOff.G氏によると空港のAltitudeは1450m.高度計は0m とはならない.よく揺れるが周期は長い.雲の上を飛ぶ.蛇行河川が見える.直下に山のリッジが見える.最初の飛行とことなり山がちな風景が続く.しかし雲 の上を飛ぶので霞んで地上の風景はあまり見えない.川が幾つか見えてきた.中ぐらいの河に沿って飛んでいる.ちょっと眠くなってきたところで,今,大きな 河の上空.高度を下げ始めている.ルワンガ河がゆったりと機種の方向に平行に蛇行しながら流れるのを見ながら高度が下がって揺れ始めた.機下では低地と なって熱帯雨林が覆いはじめた.見事着陸.高度653mだという.
 早速出迎えてくれたサファリガイド氏の案内で空港からロッジまでサファリタイプのオープンカーの客となる.夕暮れ迫る平原のアスファルト道路の側に伝統 的なザンビアの住居が点在する.子供たちが出てきて手を振る.にわとりがあたりを駆け回る.焦げた焼き畑のにおいに混じってシマを焚くかまどのにおいがす る.人々と平原に沈もうとする夕陽をみているうちにふいに涙がでそうになる.何なのだこの素朴さは?
 南アより赤道に近く,はるかに濃くなった密度の樹林帯が時折夕陽を隠す.しかし,南アに見られたどこか不自然なスラムの箱形の家はここには一軒もない. 伝統的な丸い素朴なわらぶきの家が続くばかりだ.ほどなく象を見る.そしてSouth Luanga N.P.のGate.RegidentのGroupということで入園料も1人K11000と安い.G氏に感謝(というかこの国はま だ社会主義時代のツーリスト2重価格制が色濃く残っているのがおかしいのだが).Game Driveをしながら途中草にかかった紙切れをみつけた白人の若いガイド氏は車をわざわざ止めて,それをライターで燃やしてしまった.紙は受付けないのだ という.しかし彼は見ているとよくタバコを吸っていて,フィルターを残して吸い残した葉を指でもみながらすてていた.ちょっと矛盾.程なく水辺(ヒポが棲 む)のムフエロッジに到着.聞けば国立公園内に2つしかないロッジ の1つとか.荷を降ろしただけで,早速ナイトドライブへ.
 Hippoが多い.lionも見た.SAより動影(?)ははるかに濃い.
 夕食は8h30mを廻ってから.このロッジの白人マネージャーが挨拶にくる.次の日の夕食でもイタリアからのジャーナリスト氏とガイド氏とで会話が進 む.ジャーナリスト氏はノーマンカーンの本のイタリア語訳をしているらしい.マネージャー氏からルアンガ河は大地溝帯(rift valley)の一部だと聞く.なるほどそれで機下にみたvalleyに平行なridgeの列地形の謎が解けた.蛇行河川と三日月湖も多い.このあたり全 く下調べができていなかった.地溝帯はさらに東のマラウィを通っていると考えていたが,あとで地図で確認すると,Branchがここを通る可能性が確認で きる.それにしてもビデオがザックの中で録画SWが入ってしまい,残50分ほどの録画時間しかバッテリが残っていないことに気づく.正直ここはさほど期待 していなかったので,チャージャーなどをG氏宅に残したまま来てしまった.肉眼での観察に打ち込むしかない.このMFUWE Lodgeはコテージが点在する如何にも通好みの外観と値段だという.我々はRegident価格でツアー料金に込められたのでラッキーであった.夕食は ローソクの照明で暗く,何を食べているかよくわからないが大変美味であった.イギリスの植民地というレッテルと食事に関しては良い方に予想がはずれる.スー プは日本のあずきに似たマメのスープ.ザンビアのものではないらしい.マネージャー氏の父親はマラウィで教師をやっているという.ここまで東に来るとマラ ウィとの関係が深いことがよくわかる.

8/12(月)サウスルアンガ滞在2日目
 5h30m起床
 6hより軽い朝食ののち,朝のゲームドライブ.インパラ,プクの群れ.最後にGirafが一頭.しかし途中からツエツエバエの襲撃に会い苦戦.何カ所か チクッと刺される.生物教師のA氏,感染症のビデオを見たとかで極度に恐れる.ちょっと笑ってしまった.バレーを見下ろす丘に登り,軽くドリンクとお菓子 を食べる.あとまたゲームドライブ.結局11時までのlong driveで数多くの動物を見る.この朝の数時間でSAの3日間を上回る動物を見た(バッファローはSAが凄かった).レオパードも一瞬だけ豹模様の身体 の一部が見えたがビデオは撮れず.しかしこれで一応Big5をコンプリート.
 圧巻はライオン(めす)のハンティング直後でハゲタカの群れ.この下に2匹のライオンは居た.象の親子10数頭の群れ.河,平原にはHippoの群れ.高い木のてっぺんにFish Eagleの精悍な姿.この鳥はザンビアの国鳥でKwacha紙幣の表側に大きく描かれている.ベルベットモンキー,バブーンなど.鳥は bee-eaterの原色のきれいなやつ.花はソーセージトリーの紅いビロード状のつばきを大きくしたような花.
 昼にロッジに戻る.バッフェの昼食.午後4時まで休憩と昼寝.暑くなり3時半に起きた(スタッフが呼びに来てくれた).また簡単なお菓子,サンドイッ チ,コーヒーのティータイム.そしてEvening Safariに出かける.今回はインパラや象の群れには飽きてしまって,バッファローの群れに出くわしたところで見事なSunset.(この EveningDriveはいつものジョディが頭痛で注射を打ったため,代わりのマイクがハンドルを握った)
 ところがこの後,フクロウ,マングースなどの小物は続くが目当てのレオパードはなし.助手が強力なサーチライトで照らしてくれるのはSAと同じ.彼は現 地人なので眼がいいようだ.動物は眼が光るのでわかるらしい.インパラは緑に光る眼をしている.木の枝の上まで見ている.少し飽きてしまって,ロッジに帰 り着いた途端にハプニング.ロッジの入り口の水辺に何と雌ライオンが2頭ゆうゆうと歩いている.このあと何とかロッジの敷地内にたどりついた我々をしり目 にゆうゆうと彼らは水を飲みそして去っていった.というわけで今夜はロッジ近くは大変危険な状態となり,部屋にいくにもスタッフの同行が必要となった.あ らためてとんでもないところに来ていると実感した.
 このあと夕食で例のミラノから来たというイタリア人ジャーナリスト氏と話 す.長期滞在しながら,訳本の原稿を書いたり,Safariに出たり,ロッジの客の迎えを手伝ったりと悠々自適の生活のようで大変うらやま しい.イタリアの観光地やセリエAの話などをした.SouthLuangaへも最近Jo'burgからNairobiに飛ぶ客がジンバブエが危なくなった ので,数日立ち寄ることが増えたという.彼に請われて名刺を渡す.
 10時前まで食事をして,部屋にこわごわ戻る.シャワーのあと今日は少し暑い.ビール(1.5US$)を飲んで寝ることにする.部屋のサイン帳に日本語 と英語で両方感想を記す.CIVETとという部屋名で,食事のビールのつけやフロントとのやりとりは全てこの名でする.ルームキーもこの猫科の動物の木彫 りの板がついている.あとcrocodileとかの部屋名もあった.

8/13(火)サウスルアンガを発つ日
 5h20m起床
 6hから軽い朝食.6h30mゲームドライブ出発.ジョディは今日は元気そう.ラグーン(三日月湖)を中心に見て廻る.平原にインパラ,バッファロー, Zebraと今日は数が多い.エレファントも出てくる.あとマングースの仲間.ピンクがきれいな小鳥.Fish Eagleの子供.ウオーソッグ.乾季で水位の減った河(沼)にはHippo,crocodileなど数多い.残してあったバッテリでVideoを撮る. マラカイアグリーンの鮮やかな鳥が飛ぶ.ブルーのものもいる.ソーセージツリーの紅い花が落ちたのをインパラが食べている.昨日のハゲタカが舞う場所を見 るが他の車がいてあとにすることにする.
10h30m頃
 ラグーンの横のちょっとした広場でソーセージや肉を鉄板で焼いている.ここでBlanchを取るらしい.MosiBeerとオムレツ,フライドエッグ (目玉焼きを揚げたもの),コーンいりのハンバーグ?など.
 車を停めたあと,ちょっと離れた場所で用を足して戻るとガイドのジョディーにこのあたりはライオンがいるから次からトイレの時は必ず言ってくれとしから れる.怖い!そういえば食事場所の周囲にはさりげなく銃を持ったスタッフが座っている.食事を取るのもちょっと命がけ.ライオンと我々のどちらが食事をす ることになるのかわからない?
 食事のテーブルではUSから来たらしい黒人の女性と中国系の若い男のカップルがマネージャー氏としきりに話をしている.何でもNASAに関係するIT通 信関連企業で働いている口ぶり.マネージャー氏はザンビアのインフラの整備の遅れの話をしている.マラウィとザンビアでレールの幅が違うので列車の乗り入 れができないという話や,ザンビア産のコーヒーの話をしている.ちょっと彼らの早いテンポの会話についていけない.そういえば今回の旅行でUSからの観光 客は珍しい.部屋のサイン帳ではUSの人の書き込みもあったが.このあと再度,例のハゲタカの場所に寄るがもう何もいないので11hすぎにロッジに帰って きた.ガイドのジョディはプレスリー似の白人,ザンビア生まれだと言っ た.肌がピンク色によく焼けている.ツエツエバエについて食事の席で聞いたとき,ノープロブレムだ.俺は20数年ここに住んでいるが病気に かかったことはないと言っていた.彼は指で器用にハエを捕まえて,写真をとらせてくれた.昨夜イタリア人からN.P.の事や象が増えている話を聞いた.自 分は象の運命と恐竜の運命が似ているという意見を話した.ちなみにロッジのごはんは太鼓の音が合図で始まり,蚊があまり来ないのはテーブルの下に蚊取り線 香を焚いているからだと知った.
 ロッジの土産物屋でロッジのネーム入りの緑のTシャツを買う(18US$,K84000).緑はアフリカ諸国の国旗にもっともよく使われている色だ. チェックアウト.飲み代A氏と2人で20US$.フロント嬢にちょっと 覚えたてのザンビア語?でZikomo!(ありがとう)と言ってみる.
13h20m頃ロッジを出発.再びサファリ車に乗って空港へ道をひた走る.途中で夜のガイドの助手をしてくれた彼が村で降りる.粗末な建物の方向に消え た.電線などどこにもない村.外国人観光客のためのロッジの従業員というのは村では大変な高給取りなのだろうか?ちょっと複雑な気持ちがした.途中 Bankにも立ち寄る.とてもBankと思えない単なる村の家なのだが,−−−.あと,制服を着て自転車に2人乗りする高校生や歩く小学生も見かける.そ ういえば大きな村にはかならず茅葺きの建物の学校があってザンビア国旗 が翻っていた.焼き畑と村の模様をVideoに撮る.
14h30m頃空港到着.しかし飛行機は着いていない.例のイタリア人も一緒.彼は客を迎えにきたという.時間があるので空港近くにしゃれたバーがあるの で一緒に飲まないかと誘われるが,飛行機にトイレがないのと時間が心配で断った.しかし飛行機はその後一時間以上遅れ,結局空港外の土産物屋(Tシャツ 32US$と高い!)やその横のバーも見学する羽目になったが.バーは日本の夏の浜辺によくあるような夏の家といった風.空港Tax例によって5US$と られる.
 チャーターフライトはチェックインがない.15h40m遅れて到着予定がさらに遅れて16h直前やっと着陸.お客が降りた後しばし待って機長が到着.行 きの人とは異なりやや太ったタイプ.イタリア人ジャーナリストと別れる.彼は客を連れてロッジに帰る.書類をチェックされ,5分待ってくれと言われる.し かしやはり待たされて,16h20m離陸.さっき着たのと逆方向に西に向かって離陸.乗客は行きと同じく我々だけ.
16h50m大地溝帯の真上を横切る.今度こそ地形がはっきり把握できるがいかんせん,西日が傾き写真には不都合.西側のridgeがきれいに平行に見え る.斜めでhazeのためclearには撮れない.さらにじょじょに日が傾き地形がはっきり見えなくなる.17h25m 少し高度を下げてきたようで再び 山が見えるようになってきた.1h20mのフライトと言ってたので,17h40mには着陸のはず.何とか日没に間に合ってくれないと,−−−.
17h40m かなり揺れる.大夫高度が下がって木が見分けられる.やはりridge状の山を越えている.
17h45m 日没の方向に走向を持つくじらの背のような山を幾つか越える.もう日没が近い.太陽を追いかけて早く着陸してほしい.多分地上はもう陽が没 しているはず.着陸寸前A氏が雑誌を手に席で暴れている.どうしたのかと見ると,どこから入り込んだのかツエツエバエの死体を手に得意顔.飛行機の中まで 入っていたのに驚く.後で奥さんに聞いたところ,空港ビルで待っている間にも刺されたとのこと.ルサカ市内へはときどきツエツエコントロールと呼ばれる検 問を引いてハエが田舎から入らないようにしているというのに,珍しい.
19h50m 軍用機のような急旋回のあと今度は太陽を背にして着陸態勢になる.旋回すると同時に高度も下げたようだ,機首が下を向いているのが分る.2,3度機首方向を調整してあっと言う間に着陸.何か空母に着陸するような感じ だった.素早くProflight社のHangarにTaxingして我々を降ろしてくれた.しかしかんじんの出迎えのYさんの姿はなく, おそらくターミナルの方だと判断して,歩くことにする.これが遠かった.空港の警備の裏側をかいくぐるような道を歩んで空港メインビルに出た.ほどなくY さんに遭遇.G氏の自宅まで送ってもらう.中華を食べにいくがかんじんの店がつぶれているようで次点の評判の店にいく.中国人の若いマネージャーが取り仕 切る. 2階の部屋に上がり,ぎょうざやスープ,焼き飯,焼きそば,酢豚などちょっと豪勢にルサカ最後の晩餐.子供を含めて6人お腹一杯でK19万.これまで世話 になったお礼をこめてA氏と2人で勘定を割る.しかし,筆者はチャーター機を降りる頃から,お腹がなぜかガスで膨れ大変苦痛になってきた.この日は飲まず に早く寝た.G氏宅滞在最後の夜なのにごめん!

8/14(水)ルサカからヨハネスへ帰る
 朝G氏に空港まで送ってもらう.空港手前で検問.G氏は身分証を見せろと若い女性警官に言われる.愛想の悪い古い社会主義時代の官吏の顔をしている.人に顎で指図 をしそうな雰囲気.
 無事空港について,仕事に向かうG氏に礼を言って別れたあと,まずチェックインをしようとX線検査のラインに並ぶがpassenger chargeが要ると言われる.空港税とはまた別みたい.5US$と聞いたがINTERNATIONALは20US$と言われる.高い!これだから観光客 がこないのだと思う.このあと筆者はJo'burgまでの荷物のチェックイン.A氏は関空までのチェックインを頼んだ(これがあとで,荷物が数日間行方不 明になる原因となる).このあとimmigrationは出国カードを書く必要があるが,どう見てもテーブルには入国カードしかない.customに聞く とそれに書けと言っているようで仕方なくこれに書く.同様にとなりの外国人も困っている.これに書くよと教えてあげる.出国はすぐにスタンプを押してくれ てOK.しかし手荷物チェックのところで内容物を聞かれ,カメラとビデオと答える.一応中を色々調べていたがナイフor何とかと聞かれNo.次に帽子を取 れと言われ取って見せる.
 金属探知機をくぐってやれやれと2階に上がるとまた入り口に机があって,係員がPassenger chargeのreciptのチェックと番号の書き込みをしている.日本人らしき男がもうひとりのやけにぺこぺこした若い男と現れ,後で説明するとか言っ て無理矢理通してもらっていた.この年寄りの方は大学教授か外務官僚風で横柄そうなちょっといやなタイプ.若い男がぺこぺこしていて気の毒だった.この後 ろ側に出国のロビーがあり,Duty free shopが2軒続けてある.他にも店のブロックはあるが閉店.あとbarが一軒あってあとはトイレとBAのオフィス.Bankなどはない.ザンビア人の店 員の店で2.50US$のペーパーナイフを買う.Tシャツとか銅のかざりとか勧めてくるが買わないので機嫌が悪い.ようやく細かく汚いK100を K1500分使う.あと,となりの白人女性の店でザンビアコーヒー4$(マンダヒルのスーパーでK9500だったので約2倍)をK18400で支払う.2 階のロビーから下に降りるとBoading口.ここでしばらく待たされる.
11h40m頃 ようやくBoadingが始まる.歩いてSA63便の B737へ.歩いてタラップを上がるともうザンビアともお別れである.
12h05m機長のアナウンスと共にエンジン始動.スチュワーデスがシンガポール発の時と同じように,結構臭いのきついスプレー缶を両手で天井に向け噴射 して歩いていく.そうしてTaxing.
12h15m take off
 となりの黒人の小さい姉妹?が心配で手を握り合っている. Don't worry.といってやるとscaryと答えた.
12h30m サンドイッチと飲み物のサービスが始まる.機体は安定して飛んでいる.
 サンドイッチを食べたあと,となりの小学生くらいの少女にsister?と聞くとYes.どこからきたのと聞くと,ザンビアと答える.一方はルサカに他 方は違う街に住むという.南アを経てボツワナに旅行するのだと言っている.姉妹3人ともきれいに長髪を細かく編み上げていて,いい服を着ているのでかなり の金持ちと思われる.姉妹とも現地語ではなく完璧な英語で会話している.4人のうちたぶんA氏のとなりの人がお母さんだと思われ,同じように髪を編み上げ ている.となりの子はさらにハンドバッグに電動歯ブラシや青色のゲーム ボーイまで持っていた.ゲームボーイで2人で遊んでいる.かわいい子達である.お母さんはCDヘッドホンを聞いている.
14h前 着陸態勢Jo'burg近郊のいくつかのdumpがきれいに見える.とりわけきれいに整地され真ん中に緑色の池をたたえたものはとなりの少女が Beachだと言ったので,鉱山のdumpだよと教えてあげた.
14h05m 無事着陸.また手を握っていた少女によい旅を!と言って別れる.タラップを降りて待ち受けるshuttle busに飛び乗る.係員の誘導で空港ビルに入り,まずimmigrant.機内で渡されたcardに書いて質問なしでOK!yellow cardを前の白人は見せていたが別に要求されなかった.ターンテーブルに行くとちょうど荷物が出てきた.A氏は手荷物のみ.カーゴに載せて次に customへNo decalreの出口でcardを渡してOK.しかし次の通路でうろうろしていると係員が来て何やら荷物について聞くのでNo declareだというと出口を示してくれた.やっと出口から出る.出迎えの群衆をかき分けて出口からターミナルビルの外にでる.あとはMagic Busの乗り口を目指す.
14h50m Magic bus乗り場.もうこの空港もだいぶ慣れてきて,余裕が出てきた.Policeに案内してもらってようやくTicketの売り場が分った.R80×2で 160R.どうも正式のporterはオレンジの服を着ている.Policeも多い.例の環境開発サミットがらみだろうか?porterはみんな許可証を 首から下げているがひまそうにしている.一人許可証を下げていなかった男がPoliceにしかられていた.Magic Busの運転手に聞くと15h30mに来るといる.やっとMagicBusが来たので荷物をキャリアーに載せようとすると,さっき声をかけてきた porterの服を来た男がやってきて何となく怪しい.案の定,荷物を持ってキャリアーに載せるとき手を添えてくる.知らないふりをしてバスに乗ろうとす るとMister!と手をそろえて金をくれと合図する.I don't ask you!ときつくいうと首をすくめて帰って行った.油断もすきもない.porterの服を来ていても要注意である.
 MagicBusで無事ホテルに16hすぎに着く.チェックインして,早速shopping centerにあるいて出かける.スーパーでチョコレート(27R)2箱,コーヒー(22R)2箱買う.あと土産物屋で帽子69R.ビールを買って歩いて 帰る.部屋は2階の195号室A氏とシェアのTWIN no breakfast. 夕食はタイ料理で,食べ残しを部屋に持って帰るように入れてもらう.
 今,CNNのニュースではJo'burgで月末に開かれる「環境開発サミット」の現地リポートを取り上げている.A氏は珍しく腹一杯で持ち帰った夜食を 食べれず.

8/15(木)今日はとうとうヨハネスバーグとお別れ
6h50m起床 CNNのニュースではヨーロッパの洪水,プレスリーの記念,パレスチナリーダーの逮捕など.8hからWalkVillageのshopが 開くと聞いていたので,A氏と歩いて出かける.ホテルを出たところの交差点にはセキュリティの制服を来たガードマン?が立っている.グッモーニンと挨拶. HiltonHotelの前の歩道にはゴミがちらほら.夜の間に誰かがたむろして食べ散らかしたのか?8hにやっと開いていたカフェで英国風ブレック ファーストの朝にしてはちょっとHeavyなMorning Setを注文.R28+R8(コーヒー).宿に戻ってチェックアウトをしているとフロントの男が空港にどのように行くのかと聞いてくる.MagicBus というと,同じ値段(R85)でコイツが送るよと直ぐ側の男を紹介さ れる.まあフロントが言うからと信用して,彼のVanに乗り込む.多分空港で迎えの客を載せるのに,空でいくのも何だからということで空港 に向かう客を探していたのではという結論に達する.R5高いのでTipは払わず.ちなみにHotelの部屋には枕Tipを1US$置く.Bus降り場から 空港への道は手慣れたものとなった.キャセイに乗るA氏と空港ロビーで別れる.また1人になった.シンガポール航空のチェックイン待ちの列でマンチェスターから来たという若い美 人の女性と少し話す.カートをとりにいく間,ちょっと荷物を見てて欲しいと頼まれる.やはりここは悪名高いヨハネスバーグ空港の中である. 彼女は6weeksのボーイフレンドとの旅だという.羨ましい.ThankYou と言われ,My pleasureとかっこよく返す.少し待たされてやっとチェックイン.関空まで荷物をチェックインしてくれと預ける.2枚のボーディング パスをもらう.入り口でバッゲジの重さを測られたときは26kgだったがover charge欄にはN/Cと書いてあった.やれやれ超過分をとられずにすんだ.immigrationはパスポートと航空券のみ.航空券にもパンと判を押 してくれる.出たところでA氏待っていてくれる.彼が来てくれてザンビアでは本当に助かった.大学以来の友人に感謝.その後搭乗ロビーで買い物.家人への 南十字星をかたどったサファイヤと小さなダイヤを組み合わせたプラチナ台のペンダント(R3600ほどの値札)を買おうと店員と交渉.最初は値引きをしな いとケンもホロロに言っていたが,わざわざ日本から来ているのだ.ボ スを読んでくれと頼んでやっと10%ディスカウントに成功.ところが支払いの時にVisaカードを使おうとしてなぜかAurthorizeさ れないと店員が首をかしげている.店の奥に言ってcard会社からの電話に出るが早口で住所,電話などは答えたかそのあとよく聞き取れず. 今日本に問い合わせているとか言っている.しかし30分ほど粘ったが結局らちが開かず.店員も申し訳ないやはり使えないみたいだということでせっかくの注 文をキャンセル.後で帰国してからカード会社に電話して分ったのだが,こ れ結局カードの支払いに使っている日本の銀行口座が単に預金不足で引き落とせなかっただけというお粗末.外国に出かける方はゆめゆめご注意 のほどを!でもよくその朝のホテルの支払いは出来たものだと後から胸をなで下ろした.このペンダントはカード会社が少し高額の支払いだったので支払いを止 めたようだった.キャッシュの持ち合わせがそんなになかったので危ないところだった.最初はカードを用心を考えてジーパンの前のポケットに生で入れていた ので,少し曲がったためそれが読み取りできない原因かなどと色々考えていた.1時間早い便に乗るA氏とはこの直前に別れた.本屋で南アの写真集を買う. R195,カードがここでも使えずUS21$キャッシュで支払う.そういえばザンビアでも本などの買い物はVisaカードが便利だった.ただザンビアでは大抵カードを置いた上にカーボン紙を重ねた伝票を置き,器具をスライ ドさせて番号などを転写する古いタイプのカード読み取り機を使っていたのが印象的.南アではたいてい電子読み取りであった.こういう所でも 南アの進展ぶりがよくわかる.Randがちょっとだけ余ったので最後に民芸品屋で小さな太鼓(たしかR10位だった?)を2人の娘にそれぞれ買う.
13h30m Gate5に行くとボーディングが始まっていた.席はA47.すでに先客の中国人カップルが座っているがどいてもらう.例のファミコンコン トローラを取り出して地図の画面を出す.シンガポールまで9h15m(8667km)と出る.行きより早い.偏西風の影響か?空港の高度は1692m.結 構出発まで手間取る.機種は747ジャンボ.30分遅れて14h50mようやく出発.アフリカへ来て数え切れない離陸を数えたが,やはりジャンボの離陸は 優雅で時間がかかる.昨日の737に比べて翼の長さが優に2倍はありそう.14h57m眼下に十字型の水を湛えたダムが見える.Drakensbergの 大Escarpmentが見たい.15h00m ぐんぐん上昇して積雲のいただきに届く.15h02m シートベルト着用サインが消える.15h10m 1024km/h  tail wind 85km/h 15h20m 期待したEscarpmentは厚い雲に被われ見えず.やはりRidgeの上は雲がかかりやすいようだ. 15h22m 海岸線の上空を通過.インド洋に出る.JNB空港ではアジア人の他,日本人の若い女の子3人組にも出会う.トランジットかどうかはわからな い.さっきから機内サービスのビールは忘れられるは,となりの中国人男性はteaを注文していたのにピーナッツが届く.サービスがちょっとちぐはぐ.ジャ ンボの多い乗客にてんてこまいの様子.あとシンガポールまで6700km.
シンガポール時間に切り替え,22h50m電気がついておしぼりが配られたあと,2時間あまり.電気が消える前,となりの中国人と少し話す.ひどい英語だ が何とかわかる.何でもソエトに店を開こうと行ってみたがうまく行かず帰るところとか.福建省の出身だと言った.電話を教えてくれとか色々言ってくるので 適当に答えておく.31才で4才の子供がいるらしい.どうも仕事先を探している様子.
赤道が近づくにつれHead windが81km/hと強まる.対地速度850km/hに落ちる.あれっ,オムレツを頼んだのにパンケーキが出てきた.ちょっとこの便のサービスどうか しているぞ−−−.
6h25m無事着陸 また広いシンガポール空港を眠い眼をこすって探検.しかし例のフリーツアーは朝はなし.ウィンドウショッピングで時間をつぶす. Terminal1にも出かける.しかしたいした店はなし.
11h00m 定刻に離陸.時間つぶしのあいだにスケジュールを見てびっくり,いやに日本まで時間がかかると思ったら,何と台北に寄るという.客は 1/2〜1/3でがら空き.機種もB777-200/Jubileeは機体も新しく翼もこてこてせず優美である.となりの女2人はどこかに消えて広い. 12hジャスト 883km/h 向かい風30〜40km/h 10972m -47℃ ビールをもらい食事は日本食にする.広々としてファーストクラス のよう(乗ったことはないけど).サービスも打って変わってきめ細かい.アイスクリームもカップ入りでずっとおいしい.ただし冷えすぎて固い. 15h10m まもなく台北着陸.初めての台湾.トランジットカードを渡され待合室で待機.
16h45m こんどこそ関空に向けてtake off.機内で台湾観光に来たという日本の母娘ととなりあい少し話す.アフリカからだというと驚いていた.20h00m 無事関空着陸.出入国は長蛇の 列.検疫はアフリカと告げたが,とくに問題なし.税関 も若い女性係官にどこからですかと聞かれ,何の用事で?と訪ねられただけで荷物検査はなし.8h45m発の河内長野行きリムジンバスに飛び乗る.(完)



Copyright (c) 2002 Y.Okamoto, all rights reserved.