地質巡検蔵出しシリーズ その3 17th Feb.2019

昔,仕事で訪ねた地層や露頭,あるいは研究所,博物館などの写真を紹介します.教材としては自由にお使いください.ただし著作権は放棄しません.商用利用はご相談ください,

今回は,2015年夏,地震学会の行事で房総半島の地震による地殻変動の痕跡を訪ねた巡検の記録です.参考文献は下記です.上4本はこの巡検の案内者宍倉 さんのもの.下はさらに南東部の千倉町の海岸段丘データを用いて,「時間予測モデル」(現在の地震調査委員会の長期的地震予測モデルの根拠)を打ち立てた 最初の論文です.今回このWebPageを作成するにあたって,2015年夏に開催された「日本地震学会教員サマースクール」巡検資料(当日の案内者の産 業技術研究所宍倉政展氏作成)とメモをもう一度読み返しました.

文献1https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/05_01_04.pdf
文献2https://www.gsj.jp/data/actfault-eq/h25seika/2014_001-038.pdf
巡検案内書https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/122/7/122_2016.0031/_pdf/-char/ja
地質図解説書https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_08102_2006_D.pdf
時間予測モデル(Shimazaki&Nakata,1980)ftp://ftp.gps.caltech.edu/pub/avouac/Ge277-2007-fall/Shimazaki_GRL1980.pdf
筆者が大学の授業で「時間予測モデル」の実習に使っている地図は下記です.千倉町の役場からわざわざ送ってもらった1/2500都市計画図の一部です.教育用ということで経費を無料にしていただきました.
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これから4段ある段丘面の高さを読み取り,論文にある過去の地震の推定年代を使ってグラフを書きます.次の巨大地震の推定年代も予測できるのですがさて----.

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前泊で泊ったのは館山のビジネスホテル.
夕食は東京湾のあさりの深川めしとギネスビール.千葉のデパ地下で買ったものでした.美味しかった!
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最初の見学地は館山市見物(けんぶつ)海岸,砂浜の東側にある海食台を見ます.低位の段丘(海食台)が1923年関東地震,高位の段丘が1703年元禄の関東地震の際の隆起によるものと一般的には考えられている.
1923年関東地震で隆起したと考えられる海食台の高さは人の背丈近くあります.この隆起量については上記文献2と巡検案内に詳細な議論あり.
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東側から見た低位段丘.人の背丈ほどあることがわかる.砂浜や地層が黒いのは関東の特徴(三浦半島巡検でも解説)
この断面にヤッコカンザシなどの澪線を示す生物の痕跡が残っています.
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現生のヤッコカンザシ.ややばらついて存在する分布の高度の上限が澪線の基準面(ほぼ平均海面)にされると文献にある.
古いヤッコカンザシの高度を測定して,関東地震の際の隆起量を推測する.しかし上記文献にはこれらの生物痕跡や海食台といった地形の情報だけで,地殻変動を見積もることの難しさの詳細が書かれています.我々は論文に書かれた数字だけを鵜呑みにしがちですが,そのデータがどのように得られたのかという吟味の重要性を痛感します.
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2段あるうちの上位の段丘(海食台)です.地層の時代は中新世から鮮新世(地質図解説書)で,東京湾を挟んで対岸にある三浦半島の地層にほぼ匹敵するのかな?(三浦半島の巡検を参照)
移動の途中でご覧の神社に立ち寄ったのですが,ここの資料はないのですみません.
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見物海岸より東にある沖の島を訪ねます.自衛隊の基地を海側に見て,かなりの距離を歩きます.この後側にある高ノ島は,関東地震の隆起で陸続きになったとか.
堤防の向こうに見えるのが沖ノ島.こちらは関東地震ではなく,自衛隊基地 の埋め立て後に砂州ができて陸続きになっている.この島の海面付近から縄文時代の遺物が出てくる.これは当時数10m海面が低かったことを示し,縄文時代 以降,この場所が沈降したことを示しているという.
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さて1日めの最後の場所.今度は太平洋側に開けた海岸段丘を訪ねます.最初はローカルな線路を渡って,和田・威徳院というお寺を訪ねます.
ごらんのようなお寺の階段の途中に.
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東大地震研Y先生の視線の先に,石碑が見られます.階段の上から5段目にあります.これは元禄関東地震の津波の浸水高さを示すものです.この場所の標高より10m近い津波があったのではないかと推定されている.これは房総半島に知られる津波の高さでは最大のものだそうだ.
さらに登ったお寺の高台の上にも.千葉県での津波の死者は6534名と推定されています(諸井・武村,2004など).
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夕方,宿舎近くの場所で今日1日の巡検の講習.固着生物による隆起量の推定の話.この場所の写真は私の三浦半島巡検のページにあります.
古文書などから古い時代の地震の地殻変動の痕跡を調べるとても地道や調査.地球物理の人は簡単にこのようなデータをモデルに使うけれども,その元のデータの調査はとても大変なのだという話が印象的であった.

さて次は2日め.
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巡検の行程は貸し切りバスで移動します.この日はやや天気が怪しくなってきました.千倉町平磯海岸です.
見渡す限りの休耕田なのですが,ここが有名な「時間予測モデル」(Shimazaki & Nakata,1980)の論文の舞台となった海岸段丘です.
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山側に歩いていくと確かに段が見えるのですが.
低い段がはっきりわかる場所です.論文には4段の段丘が描かれているのですが,実際にはそれの間に細かい段丘が幾つもあって,過去の地震の起こり方に新しい考えが出てきています.詳しくは上記文献を.
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さらに歩いてどんどん山側へ.雨が降ってきました.
論文では単純化された海岸段丘も実際に歩いてみると地形がわかりにくく全貌はほとんどわからない.こればっかりは地形図の威力ですね.
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山裾の神社に向かって少しずつせり上がる地形.
先ほどの神社の鳥居から下った所.墓場の手前に小さな段があるように見える.雨も時より激しくなってきたので,急いで海岸線の方に下って,早々にバスに乗り込みました.
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降り続く雨のなか,やや内陸部に入ったところで見学したのが,
一時非常に話題を集めた,海底地すべりのスランピング構造を示す大露頭.道路工事のときに出現した.
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ごらんのようにトンネルから出た場所にあります.見学用の広い駐車場はバスも止めれます.地元の村起こしの場所になっています.
地層の引きちぎられ方がなかなか見事です.ちょっとこのスケールのものはここ以外では見たことがない.
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説明看板もとてもわかりやすい.巨大地震に伴うと言い切っていいのかどうかはわかりませんが.
こちらは道路を挟んで反対側の駐車場の脇の露頭.雨は振り続いていました.初めての房総半島の旅が終わりました.

ということで2日間の巡検は無事終了.初めて地震に関連する地形やら地層やらを見てとても感動しました.案内の宍倉先生にはこの数年前に地学部の合宿で三浦半島も案内していただきました.2度にわたって,とてもお世話になりました.


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