2007年8月6-7日 地震学会の教員向け行事で三宅島を訪ねました.その報告です.(暫定版2007.08.20.一部写真工事中)

 なお,三宅島はすでにおおかた噴火からの復興を遂げ,火山や噴出物の観察だけでなく,隔絶された伊豆七島固有の動物や植物も多く,またダイビングスポッ トも数多くあって,観光には絶好のサイトです.島の人も本土の人が訪れてくれるのを心待ちにされています.
 ただ,現在も火口からは火山ガスが出続けていて,島を訪れるにはガスマスク(SO2対策用,竹芝桟橋で購入,2500円)が必携です.また危険区域や高 濃度地区での活動には許可が必要です.念のため.(私は高濃度地区以外でガスの匂いはほとんど感じませんでした.地元の人もあまり気にしていない様子で す)観光のデータは下記に(三宅島観光協会).
http://www.miyakejima.gr.jp/
2000年噴火の詳細は下記に(産総研地質調査総合センター).
http://www.gsj.jp/miyake2000/miyakeindex.html

その1.(8月6日)三宅島火山噴出物等の見学  (その2(8月7日)三宅島測候所,あかこっこ館見学はこちら

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東京竹芝桟橋を夜遅く出発した東海汽船「かめりあ丸」で,朝の5時に三 池港に到着.
まだ眠気の取れない頭を抱えて移動のバスを目指します.船はこのあと 「御蔵島」と「八丈島」へ向かいます.
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とりあえず今日の宿舎の村の避難施設にて仮眠です.1室4名で冷暖房完 備.2段ベッドで快適に休めました.
火山ガスが濃くなったときの村民の避難用の施設で,廊下にこのようにガ ス濃度を知らせるボードがあるほか,大型のガスの除去フィルターなどが常備されています.
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施設の上の高台は民営のヘリポート.各島を結ぶ定期便が運行しています が,定員が少なく運賃は高いようです.
避難施設の入り口.大型バスはここまでしか入れません.
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さて,島を南の方にぐるっと半周して最初の見学地.三宅島牧場あとを目 指して,バスは狭い道を上ります.あたりはガスで枯れた樹木で覆われています.
曲がりくねった道を上り詰め,牧場あとに到着.島の南半分が雄大に展望 できるところです.
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島の西側を見たところ.広大な裾野を引くゆるい傾斜で海岸まで見渡せま す.
今日の講師で三宅島の火山に詳しい千葉大学の津久井先生の話しを伺いま した.
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これまた雄大な火口の壁をバックに参加者の記念撮影.今のところ火口か ら水蒸気やガスが出ている様子はあまりないようです.
牧場施設には火山弾による孔が天井に開いています.爆発のすさまじさが 忍ばれます.人間は避難できましたが,全島で飼われていた牛約300頭のうち,半分は噴火で死に半分は村人により避難させたということです.ここの 情報より.
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よくわからない施設が建っています.
こちらも装置も聴きそびれました.
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さて,牧場をさらに火口に向かって少し登ります.
滑りやすい低温火砕流の堆積物が被覆の下に白く見えます.
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こちらの牛舎も
ごらんのように屋根や仕切りには大きな被害.
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その牛舎の横では道沿いに低温火砕流の堆積物が見られました.
この赤褐色の細かい火山灰の部分がそうで,雨にぬれると滑りやすくなる とか.
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同じくアスファルトの道にも飛んできた噴石の開けたくぼみが点在しま す.
さらに火口に近づくと,アスファルトの登山道が至る所で泥流で寸断され ています.
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その切断面にはきれいに火山灰の層序が見えています.下に先ほどの牛舎 が見えています. やがて道は歴史時代の地層で覆われ始めます.
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登山道の最奥部で説明を受けました.
ここでも2000年の噴火の堆積物を見ることができました.
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さて降りてきた我々は次の見学ポイントへ.
ここは工事現場の横のがけで,歴史時代の地層が現れています.遠く新島 や神津島から飛んできた火山灰層の説明を受けています.
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牧場から降りて来た私達は次に阿古地区へ.これは有名な1983年の噴 火で溶岩流に巻き込まれた阿古中学の校舎です.
このように校舎の半分が溶岩の中に埋もれてしまいました.
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校舎の中にまで溶岩が入っているのがわかります.
阿古地区を埋めた1983年の溶岩流が黒く見えます.
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こちらは島1周道路ぞいのがけに,1983年の溶岩流の露頭が.(9時 の位置)
ちょっとわかりにくいのですが,溶岩流が車1台を押しつぶしている様子 です.前輪のホイールの一部が錆びて写真右端に見えています.
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さて次は東海汽船の新造している波止場の近く,
道路際の階段を上ると,
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写真の札の位置に薄い色の層があって,これがはるばる南九州から飛んで きたAT(姶良-丹沢火山灰)だという説明.うーんそう言われればそんな気が.
露頭のすぐ側にこんな立て札が.
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江戸時代の有名な大奥を舞台にした大スキャンダルの主人公の墓だったよ うです.熱心に写真を撮るのは初代委員長のKさん.
さて続いて時計周りに島を廻って,10時の位置にある伊豆岬の灯台そば の露頭.
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このあたりに鬼界−アカホヤ火山灰の層(6300年前)があるそうなの ですが,拡散していて,顕微鏡下でガラスを確認するしかないそうです.ここにも説明.
そのすぐ上の層準に八丁平カルデラを作ったときの噴出物が続いていま す.
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見事な火山豆石の層が.八丁平火山豆石層(2200年前)というそうで す.
あと溶岩流の複雑な構造が見えます.
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時計周りに島を2周目,島の2時の方向にある「ひょうたん山」 (1940年形成のスコリア丘)と
三七山(1962年の噴火のスコリア丘).このように側火口が豊富なの のも三宅島の特徴です.
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何の変哲もない神社に見えますが,実はこちらは隣に再建されたもの.
元の神社は左脇にこのように泥流に埋もれてしまっていました.これも2000年噴火の目に見える被害の一つです.
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再び濃い火山ガスで村が捨てられたままの,三池浜高濃度地区(時 計で3時の位置)を見て,
御蔵島が大きく見える坪田地区を経て,
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新澪池跡(時計で7時の位置).これも以前は池があったのが1983年 の噴火で干上がったしまったそうです. 狭い山道などいやな顔ひとつせず安全運転に勤めていただいた,三宅村営 バスの若い運転手の方(ネクタイの方)どうもありがとうございました.並んでいるのは今回の巡検の世話役Aさん.
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避難施設での夕食後の津久井先生によるレクチャー. 夕食は地元の仕出しやさんに頼みましたが,ごらんのように量がたっぷり すぎて皆さん残してしまい,夜食や翌日の朝食にしました.

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