52 期生 卒業に際しての附高新聞に書いた文章 2010年2月28日発行

B組担任 岡本 義雄


卒 業おめでとうございます.先日YouTubeApple社の創始者スティーブ・ジョブスが2005スタンフォード大学の卒業式に招かれたときの講演を見た.アラン・ケ イやビル・ジョイなどと並んで計算機の一般普及に最も貢献した人物の1人,冷徹な金儲けに走ったマ イクロソフトのビル・ゲイツとは対照的に彼は常に アートやカルチャーの最先端を切り拓いてきた.

私と同世代の彼は冒頭,自分は大学中退なので,この場所に居ること自体が最 も大学卒業に近づいた瞬間だというジョークを枕に,3つのテーマについて順に語りかけた.「点と点を繋ぐこと」「愛と敗北」そして「死について」.自分の 出生の秘話に遡り,大学からのドロップアウト,Apple社の設立と発展そして思いがけない同僚からの追放宣告.落ち込んだ彼の恋と 今度は請われてのApple社への復帰など,彼の波乱万丈「塞翁が馬」を地 でいく生涯はぜひ動画で確かめてほしい.彼の言葉をここに引用する.

 まず You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. 未来は決して予測できない.我々は結果を後付けするだけであると未来の予測の難しさを第1話で述べ,次にそれでも Keep looking. Don't settle. と前を向いて探求せよ.古い柵にしがみつくなと若者を励ます.しかし彼が本当に語りたかったのは恐らく最後のくだりだ. 自身がすい臓ガンで余命半年と告げられ死を覚悟したのちに,手術で奇跡の生還を果たす.そこで Death is very likely the single best invention of Life. 死は生命の最高の発明である.死から逃れられないならせめて自分の声に正直に生きようと語る.Appleという20世 紀最大のIT企業と文化を生んだ巨人にあやかって,卒業新聞の私の記事の最後大好きな彼の言葉で締めくくりたい.

Stay hungry, stay foolish お元気で!



52期生 卒業記念品「新 書カ バー」に添付した小冊子「知の逍遥」に書いた文章 2010 年2月28日発行

B組担任 岡本 義雄

新書と聞いてまず思い出すのが大学寮時代の経済専攻の2年上のKさんだった.彼は自室に 本を山のように揃えていたが,当時すでに700冊近く刊行されていた岩波新書を全部読んでいたというのが我々後輩の間での噂だった.元々何らかの経済的理 由で大学寮といういわば梁山泊のような無法地帯に身を置いていた私たちでも,彼が新たに本を買うために,1ヶ月チキンラーメンだけで生活すると宣言して大 きなラーメンの入ったダンボール箱をかかえて自室に帰ってきたという話を聞いて驚かされた.以来21日間チキンラーメンだけを食していた彼はついに大学近 くの道端で倒れてしまう.担ぎ込まれた大学病院の医師は驚き,すぐに教授と学生たちのものものしい見物,いや巡回診察が始まった.「今時珍しい!典型的な 栄養失調の症状だ!」−−.このK先輩のその後をあまり詳しく知らない.サラリーマンになったあと仕事を辞めたい と漏らしておられたと何度目かの同窓会で聞いただけだった.

 私にとって新書はこのK先輩の ずらりと自室に並べられた岩波新書であって,それ以上でも以下でもない.当時新書というのはその人の教養のバロメータとして君臨していた.自分はいつに なったらそんなに本を読める人間になれるのかと想像していた.爾来30数年,私はいまだに岩波新書を全部読んではいない.いや古い岩波新書のなかにはすで に書かれた内容が陳腐となり教養としての役割すら果たせない本も増えてしまった.時代が新書の教養を乗り越えて進んだのだ.

 今私の自室には新書はほとんど ない.ちょっとした調べ物はwikipediaで果たせるし,自分の研究を行おうとするとどうしても専門的な論文 を読まないとだめなことがわかったということもある.どうしても読みたいというオピニオンリーダーも見当たらなくなった.でも一番大きな理由は年を取った ということだ.あと残された人生をどのように教養豊かに暮らすかということがプライオリティの1番目に来なくなったということだ.教養を高めるより自分が 生きてるうちに,何らかの自分のオリジナルな研究を残しておきたいと考えるようになったからだ.できれば新書はそんななさけないプライオリティが幅を聞か せる年になる前に読んでほしいと心底思う.毎日大学に行くでもなく,寮の一室でだらだらと暮れていく.ときどき起きてアルバイトに出かける以外は新書や文 庫を読む.そして深夜に詩や文章を書き散らす.私の大学時代はほとんどそのように過ぎていった.何も生産されなかったが,一番心が豊かだったように思え る.今もし自分が少しでも”先生”と呼ばれることにいささかの自負があるとすると,その一見無意味に思える数年間の心的モラトリアムがあったからだと今な ら自信を持って言える.新書はそんな私の若い頃の記憶にどこかで繋がっている−−.

 ということで,昨今読んだ新書 や文庫のなかのおすすめを幾つか記しておきます.

 

「日本の難点」 宮台真司著/幻冬舎新書

茶髪の社会学者としてデビューした彼もやや老成した学者となった.附天の卒業生としては このあたりの本を読める社会的教養だけは最低身につけてほしい.

「生物と無生物 のあいだ」 「世界は分け てもわからない」 福岡伸一著/講談社現代新書

科学書としてではなく,良質のドキュメンタリーとして読める.アンサングヒーローという 言葉を知る.

「全地球凍結」 川上紳一著/集英社新書

地球科学でまず一冊と言われたらとりあえずこれを挙げる.我々の時代がいかに地球科学的 に平和な時代であるかがよくわかる.さる学会で同席したとき著者のサインをいただいた本.

「生命と地球の歴史」丸山茂徳・磯崎行雄著/岩波新書

 ようやくここで冒頭の岩波新書 が出てきた.1990年代末の地球科学に革命をもたらした本.日本を代表する2人の先カンブリア紀の専門家の合 作.地球の黎明期の実体が初めて明らかにされた.丸山さんとはさる学会の後,東京神楽坂のトルコ料理店で夕食をご一緒した.そのとき人跡未踏の場所での地 質調査の困難を色々と教わった. 

「要するに」 山形浩生著/河出文庫

これは新書でなく文庫なのだが,東大都市工学卒大手シンクタンク勤務,TOEIC930 点の鬼才が世の中の有り様をたたき切る.本業は開発国援助の現場.インターネット黎明期からハッカーコミュニティと親しく,ソースコードを自分で書くIT 評論家としての彼の発言を,私は時代の進路を測る一種の羅針盤と考えている.

「ひきこもれ」吉本隆明著/大和書房(これも文庫)

 今の時代,コミュニケーション が重要だとそこら中で説かれるが,この老大家は逆に1人で物事を考えることが必要だと説く.私はこの大家を学生時代から長く世界を考える物差しにしてき た.先の宮台真司・山形浩生などの師匠筋に当たると考えている.

「最強ヘッジファンド LTCMの興亡R・ローウエン スタイン著 東江一紀・瑞穂のりこ訳/日経ビジネス文庫

米国の発展をささえ,また崩壊させた金融工学と市場経済の本質がヘッジファンドの興亡を 支点に見事に描かれている.経済学を目指す人にお勧めの一冊.



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